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オクター、毎週のように山に行く - 2012.02.01 Wed

 最近、オクターの体力づくり及び、おっさんのメタボ対策として、週一ペースで山歩きをしていますが、と言っても結局行ったら帰ってガブガブ飲んで食べるため、おっさんにはほとんど何の効果もないのですが・・・。今回は、比叡山中腹から、少し南に下って、曼殊院に降りてくるというルートで、山歩きをしてみました。



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 いつも比叡山に登る時は、赤山禅院の所からというのが自分のパターンだったのですが、今回は、王道とも言える雲母坂(きららざか)から登ってみることに。

 出発地点付近の地図 マピオンサイトより
http://www.mapion.co.jp/m/35.0490047222222_135.807751666667_8/

 注:なお、以下、文中の (標識No.○○) については、京都一周トレイルの案内標識番号です。

 音羽川沿いにある修学院離宮道を上がっていき、そのまま音羽川沿いを行けばいいのに、おっさん何を思ったか、修学院離宮方面に行ってしまい、「いやいや、このままではまた赤山禅院ルートになってまうがな・・・。」と方向修正。音羽川沿いへと戻ります。

 この音羽川、昔は多くの水害をもたらした川だったらしく、現在では「音羽川砂防学習ゾーン」なる、子供たち向けに分かりやすく治水の歴史を説明する案内板などを有する、砂防ダムや、コンクリの堰など、ある意味無粋な、自然さのかけらもない、コンクリで固められまくった超近代的河川になってしまっている訳ですが、それも、多くの被害のことを案内板で見ると、致し方無いかなと思えたりもします。

 なんと昭和40年代でも、死者が出るような水害があったようで、多分これ、おっさんの幼少期に一度、うちの家の裏の川は川底まで3~4mほどある川なのですが、増水により後1メートル程で溢れ出すというくらいの超豪雨があり、あまりの危険度に親戚の家に避難したことがあったのですが、その時の事なのではないかと思う次第です。

 ちなみに、その時は幸いにも、川は溢れ出すことはなく、うちの家には被害はなかったのですが、隣の家の石垣が、結構がっさり流されていて、うちもかなりやばい状況ではありました。

 と話しは大きくそれましたが、そんなでかい水害を、多くの工事と技術力で、今では水害のないレベルまで持ってきたというのが、音羽川の歴史であるようです。中々勉強になりました。

 で、音羽川のダムがあるあたりから道を左に進むと、雲母坂の登山口が現れます。ここからは、崩れやすい花崗岩(この花崗岩に含まれる雲母(うんも)から雲母坂と名付けられたと一般的に言われていますが、異説もあるようです。)が、長年の雨風や人の往来で侵食され、ゴボッとV字型に大きく切れ込ん、閉塞感の強い登山道を歩いて行く形になります。

 自分がガキの頃の、遠足での比叡山登山は、確か雲母坂から登ったように思っていたんですが、この大きく切れ込んだ非常にインパクトのある登山道の記憶が、全くないところを思うと、もしかすると自分、生まれてから全ての比叡山登山を、赤山ルートから登っていたかもしれないです。まあ、忘れやすいおっさん、ただ単に忘れ去っているだけかもしれませんが・・・。



IMG_4650.jpg
こんな感じの道が続いています




 中々急で、曲がりくねったこの道を登り切ると、若干広くなだらかな尾根へと出ます。ここは前日の雪が少し積もり、また、音羽川の上流と思われる川が滝になっていて、その滝壺を打つ水音が大きく聞こえ、「ほんま京都は山に囲まれてるだけあって、街からちょっと登るだけであっという間にごっつい山の景色やな。」と思ったのでした。

 ここからは、比較的楽に歩くことが出来、程なくして水飲対陣跡へとやって来ました。(標識No.69)ここでちょっと休憩。オクターに水をやって自分もお茶を飲んでいると、マウンテンバイクに乗ったに兄ちゃん達と、その後には、山を走る若者達が通りすぎて行きました。

 おっさん初めてトレイルランナー(山を走る人)に会いました。ほんまにいるんですね・・・。男女複数の集団でしたが、すれ違う際には歩きにして挨拶を交わし、そしてすれ違った後はまたダッシュして行きました。うーん、山を走るなんてごっついなと、ガラスの膝を持つおっさんは思いつつ、水飲対陣跡を少し東側に下り、沢を渡り、一谷越えて石鳥居のある場所へ。(標識No.67)

 そこまでの道のりはアップダウンが非常にあり、「さっき通ったチャリの兄ちゃん、ここらは乗っては通れんな。」などと思ったのですが、雪にタイヤ跡がついていたところを見ると、そういった場所は押して歩いている様子。果たして石鳥居の所で兄ちゃんたちは休憩をしていたのでした。

 山のマウンテンバイク、人によっては「山を荒らす。」という人もいるようですが、人が入っているのも、チャリに比べれば程度は少ないとはいえ、同じく山は荒らしてるんですよね。トレッキングポールで突いたりすると、凄い勢いで登山道は荒れたりするようですし・・・。って事で自分の中では荒らしてるのは同罪、よって、傍若無人に運転しているとかマナーが悪くなければ、チャリもオッケーかなと、そんな風に思った次第です。





IMG_4651.jpg
石鳥居とオクター










IMG_4652.jpg
何をごっつ匂いどるねんっ




 さて、石鳥居を過ぎてしばらく広くなだらかな尾根道を歩いて行くと、「てんこ山(城跡)」と書いた京都一周トレイルの案内板を発見。(標識No.66)ちょっと行ってみることに。

 何故だか軽トラが通れるような、広く、更には雨用の側溝らしきものがある結構いい道がありますが、(国土地理院の電子国土ポータルの地図を見ると、どうやら石鳥居があるところからずっと続いての林道だったようです。)ただ、それをそのまま歩いて行くと天子山を過ぎてしまうので注意が必要です。

 山というからには高い方へ行かんといかんなと思ったおっさん、途中で、ちょっと人の通った跡があるらしきところから上がってみたところビンゴ。その少し先に天子山(てんこ山)の三角点がありました。なお、城跡とあったものの、城跡らしき建造物等は、自分には何も発見できませんでした。まあ、全然まじめに探したりしてないんですが・・・。ちなみに、今でも空堀、井戸跡、土塁があったりするようです。

 


IMG_4654.jpg
三角点とオクター










IMG_4653.jpg
まーた何を匂っとるねん!!










IMG_4655.jpg
てんこ山山頂を示す案内板




 予想通り、眺望も、三角点の他には特に何もなかった天子山から、元のルートに戻り、標識No.64まで歩いて行き、そこで、大きく右手前方向に右折して、林道へと入ります。

 ここは以前、麓にある曼殊院から上がってきた時に、登り口を間違えて、滑落するかのような道なき急斜面をほうほうの体でなんとか登りきって出てきた林道。今回はこの林道を下って、曼殊院のどこが登り口になっていたかを確認することにしたのです。

 歩きやすく、広い林道を下って程なくして、麓に出てきました。正に曼殊院の南サイドの敷地の境づたいに、ただ登ってくればいいだけでした・・・。前回の失敗、正にアホ丸出しの大失敗といえるでしょう。ちゃんと地図持ってたのに・・・。全然地図読めてないやん・・・。

 そんな訳で曼殊院からは、いつもの行き当たりばったりの適当ルートで、家へと帰っていったのでした。

 うちの家からは約10km、3時間くらいの行程でした。これくらいの距離と標高、時間だと、山歩きにだいぶ慣れてきて、オクターもおっちゃんもあまりきつくなく、良い感じでした。

 よし、来週もまたどっか行くぞ、オクター。

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